■■ 公益活動 ■■

 どなたの言であったか記憶が定かではありませんが、大学教員には4つの職務があると聞いたことがあります。
 研究、教育、学内行政、社会貢献のそれぞれです。
 大学は、その存在自体が社会から認められているばかりか、一定の役割を期待され、それゆえにさまざまな支援を得ています。私は、そうしたところに職を得ることができた幸せを常に自覚し忘れないことを心がけています。そして、上記の4つの職務こそ私に与えられた使命と心得て、全力を尽くすことに努めています。そうすることで恵まれた自分の感謝の気持ちを表現したいと思うからです。
 とはいえ、この4つの職務をバランスよく実践することは極めて難しい課題です。ここでは、些少とはいえ社会に貢献することを目指した活動を「公益活動」として記します。
 もっとも、自治研センターの活動をはじめ、この「社会活動等」のウェブページに記した活動は他の項目も含めて全て社会貢献活動と捉えることもできます。

◆地域社会活動


 私は、今振り返れば高校生の頃から、地域社会(中国語風に表現すれば「基層社会」)における公共政策課題とその解決方法に関心がありました。ちょうど50歳を迎えた2007年に地元自治会の理事になる「順番」が巡ってきました。これを機会に、地域社会を研究対象として見るばかりではなく、積極的に実践活動にも参加するようになりました。

・京成宮野木団地自治会(2007年度会長代行)
 世帯数1,200、居住人口3,000人に近く、ほとんど一戸建ての住宅からなる全国的に見ても巨大な規模の自治会です。団地名は、京成電鉄の関連会社が開発したことに因りますが、自治会の領域内には京成バスの停留所が4つもあります。
 私の家族は、私の中学校卒業を期に両親が団地内に新築した家に転居しました。1966年に第1次の入居が開始され自治会が発足したそうですが、1972年当時はまだ家屋はまばらで、自宅の目の前でも数次目の宅地造成作業が進められていました。
 毎年の自治会総会には、転入直後の高校生であったときからほぼ欠かさず出席し、地域が抱える諸課題やその解決過程を観察していましたが、まさかそれが後々自分の専門領域になろうとは思いもしませんでした。
 現在住む自宅は、やはり同じ自治会の領域内に両親宅とは別に建てたものです。「スープの冷めない距離」の近居が同居よりは良いという言説に従ったわけでもないのですが、すぐ近くといっても、なかなか親の顔は見に行けないものです。

・防災委員会
 いわゆる自主防災組織です。かつて京成宮野木団地自治会と防災委員会の間には複雑な関係があり、なかなか協調が難しい時代がありました。しかし、自治会内の組織として再編成が図られ、年次で交替する自治会役員の経験者を中心に徐々に実効性がある組織が形作られてきました。
 私は、自治会の会長代行を務めた年に積極的に関わり、その後も2年間ほどは関与しておりましたが、大学の業務に追われ、フェードアウトしてしまいました。

・考える会
 地域の公民館の運営協議会を母体とし、近隣の小学校の「ゆとり教育」を地域として支援する活動など、さまざまな地域社会のまちづくりを「考える会」です。
 私は、あまり積極的なメンバーではありませんでしたが、さまざまな方々との意見交流は興味深いものでした。
 やはり大学の業務に追われているうちに開催連絡が届かなくなりました。あるいは会自体がフェードアウトしたのかもしれません。

◆非営利団体活動


・一般財団法人自治労会館(理事)
 2002年3月まで私が務めていた地方自治総合研究所(任意団体として設立され財団法人を経て、現在は公益財団法人)は、自治労会館という建物の中にあります。その自治労会館を所有し管理するのが財団法人自治労会館でした。法人制度改革により、同法人は2004年に一般財団法人に改組されましたが、それを期に理事に就任することを要請されました。
 自治労会館は、市ヶ谷駅から徒歩5分の交通至便の地に210名規模の貸しホールを備え、収益を地方自治に関する研究助成に回すなど、公益性の高い事業を展開しています。